激動の幕末萩城下、松陰、高杉、久坂らの周辺で、一般庶民はどう生きていたのか
防長史の欠落部分を見事に補う古老の覚え書き。
幕末・明治 萩城下見聞録
 林 茂香
 マツノ書店 復刻版(再) ※原本は昭和3年 原題「幼児の見聞」
   2008年刊行 A5判 並製(ソフトカバー)函入 242頁 パンフレットPDF(内容見本あり)
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▼著者の林茂香翁は安政五年、萩の川島に生まれ、幼少の頃は岡田致翁(書家)、中村鼎(漢学者)、岡田謙道(医家)等の著名な学者に学び、山口県庁、防長新聞社、内務省等に奉職。昭和十年没。

▼本書は『幼時の見聞』と題して昭和十年、山口県立萩図書館の開館三十五周年記念に出版されたが、少部数の限定出版であったため、非常に有益な内容でありながら一般に知られず、稀覯本となっていた。

▼復刊に際して題名を改めたほか、萩在住の地方史家・田中助一氏の校訂により、誤植訂正のほか、初版にはなかった写真、注、句読点、ルビ等を加え、読みやすくした。


『幕末・明治萩城下見聞録』 目次
第一篇
士と足軽 称呼 子供のさそい言葉
手習場(教師、教室、座席、机・文庫、時間、休日、授業料、学級、進級、清書、手本、草紙、書体、就学、脇師匠、番頭、罰、熊のご、書始、机文庫の正月飾り、通夜、萩の手習湯)
家塾(年令、授業時間、授業法、会読、講釈、詩、文、復文、授業料、机、休日、罰、郊外遊び、塾嵐)
算術教授 岡田謙道先生 学問の急変化 夏橙の食始め

第二篇
殿様の御通り 番所 堀内 千部経 大照院・東光寺 御精進日 御紋の提灯 七夕の夜の騎店 唐樋のさらされ者 鶯谷の首斬場 酒屋の杉看板 雛飾 たのも人形 五月幟 鮎漁 ほうせんぼう 縞いさき灸 種痘 ささら三八宿 絞の手拭 お慰み 初婿の水祝 山田原欽先生墓 釈迦の誕生 涅槃 さばい送り 昔の流行唄 鞠歌 羽突歌 とへくゝ 伊勢神楽 はたせつなぎ
子供の遊戯(鬼さーご、盲鬼、由良鬼、描が鼠捕った、油買に行ふか 柱まき 淀の河瀬 隠れご 草履隠し 駈りぐらご 馬ごー 竹馬 足高 鮑殻草履 石投げご 輪廻し 独楽 唐人独楽 ぶち独楽 銭独楽 豆独楽 鞠投 橙投 大根投 紙鉄砲 杉鉄砲 水鉄砲 竹蜻蛉 大恨弓 小供の庭 指しっぺい 九万蜂が刺した 四めしかずこ ほいとう 竹のおあげ へーひりこ 一ぶ一 牛の皮へぎ 雛さご一 おばさーごー お料理んご 花売 六日の菖蒲 亥の子餅 正月遊 手しほ廻 凧 盆の遊) 摘草 子供の喧嘩 子供の噴嘩の時の言葉 売声 子供の口僻

第三篇
松陰先生の片小影 吉田稔丸君の事 伊藤公の事 山県公の事 河野栄流君 幼児に忠孝談 女子教育 善事を母に内証で誉められた 亭主の帰らぬ内は枕を付けぬ 川島の鼻高面 主婦の毎日 行事 米搗 餅搗 儀式に関する家憲 来客 火灯箱 昔の人の悪戯 昔の人の暴食 天保の大洪水 安政年度の萩の虎列刺 十五歳の少年が長太刀を差して旅行す 帯刀 御賞美祝 軍服を自家で仕立てる 戦死公報が半年後に来た 仏様の供物 昔の服装 衣服の数 男子の頭髪 料理屋の宴会無し 萩山口間の旅費 余が幼少時萩の学風 ガギグゲゴの入鼻音

別篇
松陰門下は年少者より死す 山県伊三郎公 白根専一男の事 有福直三郎君 馬関戦争余談 前原の変と会津の巡査 萩の葬式の途中行列廃止 士族の旅行願 明治大帝山口御臨幸 伊藤公銅像碑の文字を書く 石黒男爵

よみがえる幕末維新期のくらし
     山口県立大学名誉教授 国守 進
 われわれが歴史をしらべるために「文書」を読む時、ある種のもどかしさを感じることがある。それは文書がごく断片的な内容を伝えるにすぎない場合が多いからである。ところが、「記録」や「覚え書き」などと言うものは、ある事柄をまとまったかたちで示してくれるのであるから、研究者にとっては大変ありがたいといえよう。ことにそれが著者みづからの体験を飾ることなく書き留めたものである場合、大へん信頼性の高い記述となって後世の読者に感銘を与えるのである。

 林茂香の『幼時の見聞』は、安政五年(1858)に生まれた著者が、幼年時代のあそび、教育、年中行事その他萩城下での生活・風俗諸般、人物の思い出などを後年に至って書き留めたものであって、その記述にはきめのこまかい配慮がなされ、価値ある「覚え書き」となっている。

 最近私は子供の歴史などにいささかの関心を持っているが、本書を一読したとき、何となしに、玉木吉保の『身自鏡』を思い浮かべたものである。これは毛利元就に仕えた玉木吉保の自叙伝的な覚え書きである。戦国時代の覚え書きにはすぐれたものがあるが、とりわけ『身自鏡』の評価が高いのは、当時の覚え書きの大部分が合戦に終始するのに対して、同書が合戦に限らず、みづからの生い立ちを述べているからであろう。林茂香の『幼時の見聞』も、幕末維新期の覚え書きの多くが動乱にひたされているのに対して、日常の生活や周辺の記憶を記し留めようとしているのであつて、この点、『身自鏡』と共通した価値を認めることができると思う。日常的で身近かだからこそ、記されることも少く、また後世の人々の関心を引くことも大きいのであろう。
 復刻後、一世を経た今日においても、本書の評価については何ら変わるところを見出せないのであって、今回の再刊はまことに時宜を得たものといえよう。
(本書パンフレットより)