日本海軍初の壮絶な海戦にして戊辰戦争の華
回天艦長 甲賀源吾伝 附・函館戦記
 石橋 絢彦
  マツノ書店 復刻版 ※原本は昭和8年改訂版
   2011年刊行 A5判 上製函入 408頁 パンフレットPDF(内容見本あり)
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  懐かしい書物『回天艦長甲賀源吾傳』

  作 家 中村 彰彦
 石橋絢彦撰『回天艦長甲賀源吾傳』は、昭和初期に出版された歴史書としては貴重な特徴をいくつか備えている。
 第一に活字が大きく、組版がゆったりしていて版面が美しく、大変読みやすいこと。第二に、ところどころに挿入されている写真や図版も鮮明であること、などである。
 以上は視覚的な事柄だが、編集もとても丁寧になされているので、まず「本傳」「外編」「附録」の三部から構成されている本書の内容を把握しておこう。

 「本傳」はいうまでもなく甲賀源吾の個人史を語ったくだりであり、この主人公が天保十年(1839)正月三日、遠州掛川藩の旗奉行甲賀孫太夫秀孝の第四子として生まれたことから書き起こされる。安政五年(1858)二十歳にして前年に新設されたばかりの海軍操練所に入った源吾は、航海術を学んで幕府海軍の草分けのひとりとなっていった。
 同六年、幕臣に採り立てられて、軍艦操練方手伝出役、三等士官に任命されたことにより、源吾は測量学、海上戦法、造船学等のプロとして人生を歩みはじめるのだ。江戸湾の測量、小笠原諸島への出張、十四代将軍徳川家茂の送迎などで場数を踏んだ源吾は、もしも平和な世に生まれあわせていれば、七つの海を航海することもできたであろう。

 しかし、当時の幕府はすでに末期症状を呈していた。慶応四年(1867)四月十一日、薩長両藩を主体とする討幕軍は、江戸城に無血入城。五月二十四日、徳川家の十六代目徳川家達は駿河、遠江、陸奥のうちに七十万石を与えられる身となったが、その七十万石では旧幕臣とその家族四十万人をとても扶養できない、という大問題が出来した。

 これを見た旧幕府海軍副総裁榎本武揚は、旗艦開陽丸以下を率いて蝦夷地(北海道)へ脱走。旧幕臣たちを食べさせるために蝦夷地政府を樹立するのだが、旧幕府軍艦回天の艦長となっていた源吾はこれに同行し、開陽丸の沈没によって断然不利となってしまった新政府軍との戦いを起死回生に導くべく、新政府海軍の最新鋭艦甲鉄の奪取を考えはじめた。
 明治二年(1869)三月二十五日、その考えはすでに陸中の宮古湾まで北上してきていた新政府艦隊への突入戦として実行に移された。名高い宮古湾の海戦がこれである。
 このときの榎本艦隊は、回天、幡龍、高雄の三艦から成っていた。だが蟠龍は遅れ、高雄は機関が故障して、回天は単独で宮古湾へ侵入せざるを得なくなった。
 「源吾曰く、我一艦と雖も、以て敵を破るに足れりと。暁霧に乗じ星旗を掲げて以て進む。星旗は米国の徽なり。既にして甲鉄に近づき、乃ち旭旗を樹つ。舵を捩ぢて横に衝く。源吾予め死士を揀み、舷の接するを待ちて躍り入らしむ。是に至りて甲鉄は下丈余にあり(からだを)投下すべからず。衆逡巡す。源吾刀を揮ひて叱咤す。大塚波次郎声に応じて先づ投ず。衆相継ぎて下り、縦横奮撃す。(略)源吾乃ち巨 を轟かして甲鉄を俯撃す。官兵快 を以て、(回天の)艦橋を急射す。源吾身数傷に中り遂に る」

 回天から接舷攻撃を仕掛けられた甲鉄は、甲板上に「快 」すなわち毎分百八十発の弾丸を撃ち出すことのできる機関銃の原型ガットリング機関砲を据えつけていた。その速射を浴びて、甲賀源吾は三十一歳の生涯を閉じたのである。

 この「本傳」は冒頭に源吾個人の年譜を配するばかりか、当時新政府艦隊の春日に乗り組んでいた東郷平八郎の回想を添えるなど、目配りよく記述されているのが気持ち良い。
 つぎなる「外編」は「幕末の形成と函館戦記」と題されていて、文久年間(1861〜64)の政情から明治二年五月十八日に榎本武揚が五稜郭を開城し、明治政府に降伏するまでを詳述する。「本傳」と「外編」とを併せ読むことにより、甲賀源吾の人となりとその生きた時代とが立体的に理解できるよう工夫されているのは、撰者の石橋絢彦が工学博士であるため、この書物を一種の建築物として構想したことを思わせる。

 また、最後の「附録」は蝦夷地政府の海軍奉行として源吾と共に回天に座乗していた荒井郁之助の遺稿「回天丸の前身ダンジック号」、旧幕府海軍総裁だった矢田堀鴻の年譜、荒井郁之助の略伝、函館に蝦夷地政府軍戦没者を祀る碧血碑が建立された次第を述べた「碧血碑と記念碑」の四編から成っていて、戦争とは慰霊におわるものであることを端的に示している。

 本書は以上のようによく目配りの行き届いた史書であり、幕末・維新史、とくに榎本艦隊の江戸脱走から蝦夷地政府の成立と崩壊までのプロセスに関心のある向きには是非お薦めしたい好著でもある。
 私個人のことをいえば、本書の存在に初めて気づいたのは、三十七歳にして、いずれデビュー作となる百枚の小説『明治新選組』を構想したときのことであった。主人公の新選組隊士相馬主計も回天に乗組み、宮古湾海戦に参加したため、その史料を集めるうちに本書を知ったのである。

 それから四半世紀の歳月が流れてしまったが、ある人からコピーを頂戴した本書は、いつも私の机のかたわらにあった。『遊撃隊始末』(文春文庫)によって榎本軍に参加した伊庭八郎や人見勝太郎の生涯を描いたときには、宮古湾海戦や函館湾海戦における回天の奮闘に言及せざるを得なかった。さらに、昨年出版した『軍艦「甲鉄」始末』(新人物文庫)を書いていた間も、本書を読み返す必要があったためである。 
 前述のように私の架蔵しているのは本書のコピーにすぎなかったが、このたび堅牢にして美麗な装丁で知られるマツノ書店が本書を復刻する運びだという。いまでは読み返すたびに懐かしくさえある本書がふたたび世に出、あらたな読者を獲得することを喜ばずにはいられない。
(本書パンフレットより)