幕末から明治初年における公武一体、七千件以上の人名・藩名データ集!
増補 幕末明治重職補任 附・諸藩一覧
続日本史籍協会叢書
 マツノ書店 復刻版
   2014年刊行 A5判 並製(ソフトカバー) 468頁 パンフレットPDF(内容見本あり)
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  『増補 幕末明治重職補任 付・諸藩一覧』 について
     歴史作家 桐野 作人
 政治の内実や方向性は、ときに人事に表現されることがある。とりわけ、時代の転換期や変革期にはそれが顕著である。
 幕末維新期はまさにそういう時代だった。朝廷や幕府の人事を見ると、まるで猫の目のようにめまぐるしく変わっており、こちらのほうが目が回りそうである。

 実際、私も幕末維新史の原稿を書くとき、人名データを調べるのに戸惑ったり手間がかかることが多い。基礎的な事実確認に時間がかかるのである。私に限らず、多くの著述業や研究者ならみな経験したことだろう。
 たとえば、武家では、桜田門外の変のときの老中の構成はどうなっていたか、京都所司代や外国奉行はどんな人事異動が行われたのか、旗本が任命されるようになった若年寄格はいつから設置されたのかとか。

 一方、公家のほうでも、関白の人事がもっとも重要で、その補任や交代と朝廷の国事方針に対応関係があるかどうか、公家の重職である武家伝奏や議奏のメンバーはどのように入れ替わったかとか、あるいは新設された国事御用掛の初期メンバーは誰かとか、慶応二年(一八六六)の八・三〇列参運動に参加した公家衆二十二名はどのような人々か、その氏名、年齢、官位、家格、門流のつながりなどを本格的に調べ出すと膨大な手間となる。
 そういう幕末の公家・武家にわたる煩雑な諸データを調べるときに本書があれば、とても便利である。
 巻末にある森谷秀亮氏の解題によれば、本書はもともと、1939年(昭和一四)から四一年にかけて文部省所管の維新史料編纂会が刊行した『維新史』全五巻の附録の一部だった。この附録は
 @「維新史索引」
 A「公武重職補任」
 B「明治重職補任」
 C「諸藩一覧」
 D「公武・明治重職補任諸藩一覧索引」
から成っていたが、そのうち@を除き、A〜Dを一冊にまとめたのが『幕末明治重職補任』である。

 その後、森谷氏が「明治重職補任追加」を加えて増補したのが本書ということになる。というのは、増補以前は収録年数について不満があったと森谷氏はいう。「公武重職補任」「明治重職補任」は孝明天皇が践祚した弘化三年(1846)から廃藩置県が断行された明治四年(1871)までの重職を収録しているものの、明治国家が本格的に始動する廃藩置県以降が未収録であったからである。森谷氏は同十年(1877)の西南戦争までは収録すべきだと考えて、「明治重職補任追加」を増補したという。
 この増補によって、本書は一層使い勝手がよくなっている。公武一体の人名データ集だと思う。

 この種の人名データ集は、ふつう身分や属性別に編纂されていることが多い。たとえば、幕府の役職を調べるには、江戸時代の全期を通し、譜代大名や幕臣の任免を網羅した『柳営補任』。公家の場合は、古代から明治元年まで三位と参議以上の上級公家を収録した『公卿補任』がある。明治期の大臣・官僚の人事を取り扱った『明治史料 顕要職務補任録』などもある。
 これらはそれぞれに特色や長所はあるが、短所としては、これらの諸本を利用して、幕末維新から明治初期にかけての公家や武家、明治の役人を横断的に調べようとしたら大変な労力がかかることである。ところが、本書があれば、この一冊で大抵のことは解決できるだろう。このコンパクト性が本書の最大の長所であり魅力なのだ。

 本書の内容を見てみよう。武家の場合、上は征夷大将軍・大老・老中から下は目付・諸奉行まで、役職ごとに人名、任免の年月日、前職と後職、通称官名が時系列に沿って整然と配列されている。公家は摂政関白から大臣、議奏、武家伝奏といった近世の関白―両役体制から、国事御用掛、議奏加勢、国事参政、国事寄人など、幕末期に新設された役職まで網羅してある。また個々人の公家についても、任免時期、官位などのデータが時系列に沿って配列されている。

 また明治期(元年〜四年)についても、「明治重職補任」で、猫の目のような組織改変に沿い、三職七科、八局、太政官、二官六省とそれに属する諸官の人名・任用時期・帰属などをこれまた時系列に沿って配列してある。
 「諸藩一覧」も重宝する。明治維新以後、諸藩も中央官庁に劣らず、府藩県になり、領域も合併や分離によってめまぐるしく変遷している。その流れを追うのに便利である。諸藩のデータも藩名、家格、席次、石高、任免、官位、藩主・藩知事名と充実している。

 なお、編纂者の森谷秀亮氏によれば、この種の本は完璧を期すのが無理で、気づいた所だけでも、Aでは勝義邦(海舟)、矢田堀鴻の役歴に間違いがある。Bでは工部、司法の二省が収録漏れで、二省の顕官名の記載が見当たらず、さらに明治初年新設の県名に盛岡県が抜け落ちているという。
 さらに指摘すれば、年号表記の問題もある。たとえば、『公武重職補任』では、元治二年(1865)は四月七日に改元されて慶応元年となるが、元治二年の三カ月余も慶応元年と表記されていることには注意を要する。

 これらの不備を割り引いても、本書の価値が下がるものではない。幕末維新期や明治草創期の公家・武家、役人(中央+地方)を要領よく調べるには本書以上のものはないといっても過言ではない。本書を推薦するゆえんである。
(本書パンフレットより)